部屋の隅

↑サン・マルコ広場の鐘楼より。あぁ、イタリアへ行きたい…(内容はイタリアと関係なし)。
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18.6.25(日) 0:46
連日夜11時過ぎの生活が続いたので、いいかげん嫌気が差し金曜日は5時半で仕事を切り上げ、映画館へ。職場を出たところで別の職場のアルバイトの女の子と会う。
「どっか行くん?」と聞かれたので、
「映画見に。」と答えると、
「彼女と?」と続けてくる。
「一人で。いつも一人や。」と答えると、
「一人ぃ!?一人で行くん?映画やで。一人?一人?・・・」と彼女。
映画の見方も色々あるもんだな。
「じゃ一緒に行く?」とボク。いや、それは嘘。

映画館のそばのあんぱん屋でメロン白アンパンを買って、小走りで映画館へ。もうすぐ開演だ。
前作『スパニッシュ・アパートメント』を観たのは大学のとき。岡山のアパートで遠い異国・スペインのアパートを舞台に各国からの留学生たちの共同生活を通し、人生を試行錯誤するフランス人青年の姿を描いた映画を観ていた。

青年グザヴィエはフランスに帰国後、すぐに公務員の仕事を辞め作家を目指す。前作はそこで終わり。映画とはいえ、その決断力に羨望のまなざしを向けてしまうのも事実。この映画を観ていた職場の先輩とも、常日頃早くスパニッシュしないといけないなって言い合ったり。つまり早くこの仕事を辞めて、自分がチャレンジしたいことに向かってみないかってこと。その決断はまだ出来ないけど。

まさか続編があるとは思ってもいなかった。前作がどう生きていくかという個人的な問題をテーマとしていると考えるなら、今作『ロシアン・ドールズ』は誰と生きていくかという恋愛をテーマとしているといえる。仕事も本来自分が目指していたものを一時的に脇に置いている状態で、本当に一緒に生きたいと思う理想の相手を見つけられず、行きずりの女性と関係を繰り返す。

「生涯にたった一人の人」という状況は現在でも存在するのか?という問いに出くわしたら、首を縦に振ることは出来ない。であるからこそ、人は恋を繰り返す。それが人々の話題の対象となる。それがたった一度限りしか許されないものだったとしたら、今みたいな扱い方はされないだろう。

ロシアン・ドールズとはロシアの木製の人形で、中から同じような小さな人形が出てくるものだ。箱を開けるとまた箱、それを開けるとまた箱・・・といくあれと同じ仕組みの人形だ。この人が最後の人だと思っては、本当に最後の人(=理想の相手)か?という疑問を捨てきれず、また別の人と・・・という状況を見事に例えていると思う。本当に最後の人か?という疑問を捨てられずにいると、永遠に相手を探し続けることにもなる。そう、理想は一つの幻想なのだから、この問いにとらわれてしまってはいけない。そう分かったつもりになっていても、ふとこの問いが顔を覗かせると少なからず考えてしまう。

だって人間なんだもの。
と、相田みつを風に締めくくり。
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